陰部神経ブロック法


 子宮口が全開し分娩第2期に入った初産婦さんが分娩台の上にいます。つい先程まで苦痛で顔をしかめ陣痛の度に声をあげ腰を反らせていましたが、ブロックを施行して5分も経たないうちに笑顔が現われ喜んで次の陣痛を待つようになりました。手技が簡単で、効果が迅速に現われ、しかも産婦の医療費負担が少ない(保険点数で代用すると硬膜外麻酔の800点に対し90点)。これが陰部神経ブロック法です。


はじめに
 最近は月刊誌やインターネットなど放送メディアの加速的な増加によってお産情報も広く公開されるようになりましたが、数多くのお産情報のうちで産婦さんが最も関心のある情報のひとつが無痛分娩や和痛分娩です。多くの初産婦さんは産痛がどの程度のものかは予め知る由もありません。最初から無痛分娩を希望する方もいますが、中には我慢できるであろうとの期待や希望から無痛分娩を選択しないケースもあります。また、「当院は自然分娩が主体だから」、「あるいは硬膜外麻酔は面倒だから」、「経験がないから」などと言った理由で無痛分娩はしないとおっしゃる産科/産院施設もお有りだとは思います。しかし無痛分娩は臨床的/医学的には必要なのではないでしょうか。分娩時の我慢できない疼痛は産婦さんを過度の緊張状態にし、そのため生じる過呼吸発作(hypervenntilation)は、呼吸性アチドシースを引き起こし、その結果生じた抹消血管の収縮が臍帯静脈の酸素分圧を低下させ、しばしば胎児に低酸素血症をもたらすことはよく知られています。このために一部の妊婦さんでは帝王切開分娩となることもあります。
 ラマーズ法やソフロロジー法やアロマ法は、本質的には心身のリラキゼーションを誘因して、疼痛などによるhypervenntilationを予防する手段の一つです。ラマーズ法などを希望し産婦さんがそれで十分に対応可能と判断していても、産痛が予想より強かったり産痛がそれほどでもなくても急にパニックになったりし、分娩待機室や分娩台の上で騒ぎ出す妊婦さんに時折遭遇します。その時になって急にバランス麻酔や硬膜外麻酔などの無痛分娩に切り替えるとしても産婦さんの協力が得られず無理ですし、また経験や設備等の準備もなく麻酔を行なうのは事故の素です。そのような時に威力を発揮するのが陰部神経ブロック法です。
 陰部神経ブロック法は多くの産婦人科医が研修医時代に学ぶものです。しかし実際に分娩に際して陰部神経ブロック法を取り入れている施設はほとんどないのが現況のようです。本法はもともと北ヨーロッパで盛んですが、ドイツでは現在もお産の約20%に使用されています。この方法がわが国で広く定着していないのは、私自身を含め多くの産科医達がその効果と有効性を善く認識しないまま置き忘れ、無痛分娩といえば米国で主流の硬膜外麻酔と思い込んでいるからかも知れません。小生が陰部神経ブロック法を止めた理由は無効症例が続いたためでした。ところが数年前ある先輩医師に指導を受けたのをきっかけに再び取り組みその有効性を再確認したのです。
 陰部神経ブロック法について述べる際には、神経伝達経路等が重要ですが、今回の特集の中に多くの先生方が簡潔かつ適切に述べられておられますので、今回の拙文からは省略しました。本文では、陰部神経ブロック法にはどのような利点があるのか、またどのようにすれば満足のいく麻酔効果を得る事ができるかについて述べることにしました。

陰部神経ブロック法の手技
 図1は産科教科書から引用した陰部神経ブロック法の実際です。左右の会陰からそれぞれの座骨棘の直下の陰部神経に向けて針を誘導する方法(図1A)と経膣的に座骨棘直下の陰部神経をブロックする方法(図1B)の2通りが紹介されています。使用する針は経膣的アプローチの場合はコバック針を用いますが、会陰からのアプローチの際はカテラン針を用いるようです。会陰からのアプローチは経験がありませんので、本文から省略します。局麻剤は1%mepivacaine hydrochloride(カルボカイン)を用います。使用量は片方に約10mlです。小生も先輩たちから指導を受けながらこの図1Bを見て学びました。図1Aと図1Bの違いは、針の挿入箇所にもありますが、針の方向の違いです。図では仙棘靱帯を刺し通してアプローチする様になっていますが、研修医時代には、仙棘靱帯を刺し通すと痛みもあり硬く刺しにくいので、座骨棘のすぐ上方の窪んだところに針を刺すように指導を受けました。この方法で針を深く刺すと針先は梨状筋膜を超えて梨状筋に刺さり陰部神経には効かないことがあります。図1Aでも針先が水平に向かっていますが、堀口らは陰部神経ブロック法の時の針先は皮膚を貫通したあと分娩台に水平になるように挿入する、と説明しています。また、注射器のシリンジを押しながら局麻液を注入するとその抵抗がすっとなくなる所が陰部神経が走行している層であるとも説明しています。仰臥位または背中をやや挙上した分娩体位の時は陰部神経は骨盤内側のカーブに沿ってほぼ水平に走行しており、その方向に針を進めるのが無効例が少なくなるコツと言えます。適切な位置に局麻剤が入るとわずか5mlでも有効で、その効果も1時間30分は持続します。座骨棘を触知したあと陰部神経の走行を念頭に描きながら、10ml全量を一ケ所に注入するのではなく陰部神経の座骨棘から近位部(抹消側)または遠位分(中枢側)、または陰部神経の上下など、針の位置を動かしてそれぞれ5mlづつ注入する方が安定した効果が得られ易くなります。麻酔剤が抵抗なく注入できる部位が適切な位置で少しでも抵抗のある場合は正確な層ではありません。麻酔の効果は約1時間半〜2時間は持続します。分娩が長引いて麻酔の効果がなくなった時は同様に追加します。

陰部神経ブロック法の効果
 針の位置が適切であれば陰部神経ブロック法が奏功すると陰部神経のみならず後大腿皮神経も多少麻酔されます。通常はS3〜S5までの領域が影響され、数分後(少なくとも10分以内)には肛門が弛緩し、両側会陰の痛覚が麻痺してきます。この時点で、産婦さんの多くが激痛から解放され(腰の痛みが取れた/骨盤が割れそうな痛みが取れたと表現することが多いようです)、子宮の収縮の痛みは消失はしませんがある程度減弱します。また分娩台の上での仰臥位も苦痛にならなくなるのも特徴です。麻酔剤の量や針先の位置によっては後大腿皮神経も麻酔され、S2やS1領域の大腿や下腿の後面やまでが麻酔され足先の血管が拡張したり、正常歩行が困難になったりすることがあります。この状態を麻酔効果十分とすると、肛門弛緩はあるものの痛覚が一部残ったり、腰痛が軽度残ったり、片方のみ有効であったり、から全く無効であったりと様々な段階が現われます。麻酔効果が発現した場合がほとんど全例で肛門弛緩が生じます。陰部神経ブロック法が効き過ぎると下肢の小指等まで麻痺し歩行困難となる症例があります。そのため分娩待機室で麻酔をすると分娩台までの移動が一人では出来なくなるので、可能であれば分娩台の上で施行する方が無難です。また経産婦では分娩が予測を超えて早く進み、陰部神経ブロック法が間に合わない事もあります。そのため経産婦では子宮口が全開する前にブロックをすることがあります。

陰部神経ブロック法が効かない時の対応
1)会陰部の浸潤麻酔を追加する
 陰部神経ブロック法が効かない原因はいくつか考えられます。その多くはKobak針の先端がずれたり、穿刺した針が浅すぎ尾骨筋の中に留まったり逆に深すぎて梨状筋の中に入ってしまった事が原因のようです。針先が少しだけずれ肛門の弛緩は得られ会陰痛や腰痛も減弱し産痛が我慢可能な閾値まで減退したものの会陰部の痛みのみが軽度残ることがしばしばあります。そのような時は局麻剤の浸潤麻酔の追加で十分です。
2)再度施行する
 針の位置が少しずれて効果発現がやや遅れることがありますが、 15分以上経過しても効果がない時は、ためらわず無効と判断し、再麻酔を施行します。その時は針の挿入部位や方向などを前回と変えるべきです。2回目の施行の際は局麻剤を20ml全量を注入せず、5〜10mlを残しておくと浸潤麻酔の追加に便利です。mepivacainの基準最高容量は1回500mgとされていますので、通常の産婦さんであれば1%カルボカインの50mlまでの使用には支障はありません。
3)仙骨硬膜外麻酔(caudal block)を行なう
 仙骨裂孔の皮膚に局麻をした後、21〜23ゲージの針を切口を頭側に向け約45度の角度で挿入します。少し抵抗のある仙骨靱帯を突き抜け針先が骨に当たるのを確認し針をわずかに引き、血液の逆流がないことを確認した後で、1%カルボカインを約10〜15ml注入します。仙骨ブロック法の手技事体は陰部神経ブロック法よりも簡便ですが、静脈叢があり血管内に麻酔剤を注入する可能性があることや針を奥まで進めると硬膜を破り髄液が漏出することなどがあり、慎重な操作が必要です。堀口らは陰部神経ブロック法の成功率は個人によって熟練度によってバラツキがあると述べています。陰部神経ブロック法を何度施行しても成功率が上がらない場合には、最初からこの仙骨硬膜外麻酔を施行する方法もあります。
4)新しい陰部神経ブロック法
 小生は実行したことがありませんが、最近の論文には成功率を100%近くに挙げる方法が紹介されています。経膣超音波法にカラードップラーを使用し、プローベに装着したアダプタから穿刺する方法で、左右の下殿動脈(inferior gluteal artery)や内陰部動脈(internal pudendal artery)を確認し下殿動脈の背側(下方)に局麻剤を注入します。その論文では、経膣超音波により47%の症例で陰部神経そのものが確認できたと報告しています。また、産婦さんには適応できませんが、CTで正確な場所に注入しているかを調べる方法も紹介されています。

陰部神経ブロック法の副作用
1)微弱陣痛
 陰部神経ブロック法で最も多い副作用は陣痛の減弱です。ほとんどの症例で陣痛の間隔が延長したり(内側陣痛計で測定した訳ではありませんが)子宮収縮そのものが弱くなったりします。陣痛発来のメカニズムはまだ完全には解明されていません。陰部神経ブロック法は陣痛の間欠期に施行しますが、その際に座骨棘を中指の先で圧迫すると強い痛みを訴えその直後に予定外の陣痛が発来し麻酔を中断することがあります。麻酔後はその部位の痛みもなくなりますので、下降した児頭による骨盤内の圧迫が陣痛の機序や強さに関係あるかも知れないと考えるのは小生だけではないと思います。初産ではほぼ前例に陣痛微弱が生じる印象があります。陣痛が減弱した結果、分娩遷延や分娩停止となりますので、初産婦にはオキシトシンによる陣痛促進を行なっています。そのため、陰部神経ブロック法の説明時には必ず子宮収縮剤使用に関するインフォームド・コンセントが必要です。中には子宮収縮剤の使用そのものに拒否を示す方がいて、そのような方には陰部神経ブロック法はおろか硬膜外麻酔法すら出来ないことがあります。経産婦に陰部神経ブロック法を施行した際にも種々の理由によってオキシトシンを使用する場合がありますが、その時は陰部神経ブロック法で腰痛や産道の痛みが軽減したにもかかわらずオキシトシンによって子宮収縮が強くなり収縮痛が増強して、陰部神経ブロック法の効果を相殺することがあります。
2)その他の副作用
 針を刺した後の皮膚裂傷・穿刺部位の血腫・感染/骨盤死腔炎・神経損傷・局麻中毒などがあります。皮膚裂傷は比較的頻繁に起こりますが縫合を要するような裂傷はほとんどありません。分娩終了後の産道チェックでは後膣円蓋部の1〜3cm下方の左右の膣壁を必ず見るようにします。穿刺時に血液を吸引する時は中止し対側のブロックを行ないます。通常はその間に出血が止まり次の穿刺では異常なく局麻剤を注入できます。陰部神経ブロック法の後は感染予防のため抗生物質の内服が必要です。GBSなど膣内の細菌感染が判明している場合は経膣的アプローチは禁忌です。会陰からアプローチするか仙骨硬膜外麻酔法を選択すべきでしょう。局麻中毒は局麻剤が血液中に入らないように必ず血液の逆流がない事を確認すること/使用量を遵守することさえすれば、十分と考えます。

おわりに
 お産は痛いからといっても、お産の痛みを100%とる必要はないように思います。硬膜外麻酔法にしても100%の除痛は局麻剤の使用量を増し筋緊張低下のを強め血管拡張領域を拡大させ、結果として微弱陣痛や血圧低下をもたらし、母児双方にとって好ましくありません。我慢できる範囲内/産婦さんが受け入れ可能な痛みであれば少しの痛みはむしろあってもよいのではないか、と考えています。その点から考えると、硬膜外麻酔法を行ないチューブのみ留置しておき必要に応じて局麻剤を注入するのもひとつの方法かも知れませんが、陰部神経ブロック法や仙骨硬膜外麻酔法は副作用が少なく手技が簡単な分だけ、もっと多くの産科医が利用してもよい産科麻酔法だと思います。

文献
1: Dis Colon Rectum. 2001 Sep;44(9):1381-5.
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ハ Computed tomography-guided pudendal block for treatment of pelvic pain due to pudendal neuropathy.
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ハ [The current standing of obstetrical analgesia and anesthesia. A survey of North Rhein-Westfalia]
[Article in German]
Meuser T, Grond S, Lynch J, Irnich MF, Lehmann KA.

4: 堀口貞夫、他:陰部神経遮断麻酔、周産期医学、3;545-551(1973)